ライブドア 堀江被告は語るべきだ(7月26日)
再び実刑判決が下った。懲役二年六カ月。
ライブドア粉飾決算事件の判決で、東京高裁は一審の実刑判決を支持し、元社長の堀江貴文被告の控訴を棄却した。
旧証券取引法違反の罪に問われた堀江被告は、一審に続いて無罪を主張してきたが、二審でも厳しい判決を免れることはできなかった。
従来の粉飾決算事件は、大半が「損失の隠ぺい」を目的とするものだった。だが、ライブドアの場合は虚偽の有価証券報告書で投資家を欺き、自らの会社の利益を追求したと指摘されている。
実刑という従来より厳しい量刑の判断が再び下されたのは、こうした手段を選ばぬ利益至上主義が指弾されたものと言っていいだろう。
ファンドを利用した自社株売却や企業買収など、いわゆるライブドア商法を武器にITブームの波に乗った。「時代の寵児(ちょうじ)」と呼ばれた被告が、公判でどんな主張をするのかも注目点の一つだった。
しかし、判決の日も含めて控訴審では法廷に一度も姿を見せることはなかった。もちろん、被告の生の言葉を聞く機会もなかった。かつての冗舌さは偽りの業績をアピールするためだけのものだったのか。
被告は判決後、直ちに上告した。上告審ではしっかりと説明すべきだ。それが、巨額の資金を動かし、市場や数多くの投資家を翻弄(ほんろう)した者の責任であろう。
投資家は企業が正しい情報を公開していることを前提にしている。それによって、市場の公正さや健全性が保たれている。
被告は「市場の不信を招いたのは、悔やんでも悔やみきれない」とする上申書を提出している。
だが、虚偽の情報を流して自己の利益を計る行為は、市場の不信どころではない。結果として、実際に市場の低迷を招き、投資家に多大な損害を与えている。
そのことに対する自覚が欠けてはいまいか。
ライブドアの急成長ぶりは「勝ち組」ともてはやされた。型破りとも言える被告の生き方は、富を手に入れたIT企業の経営者の象徴として人々の目に映った。
のちに、それが社会を欺く不法な経営手法によるものであることが分かった時、国民は驚き、憤りを感じた。
残念なことに、その驚きと憤りはライブドア事件の後も続いている。粉飾決算や製品の偽装など企業の不正行為はいっこうになくならない。
ライブドア事件の判決を機に、あらためて企業の不正に厳しい目を向けていきたい。